
あの日の夕暮れ時、俺はいつものように会社からの帰り道を歩いていたんだ。疲れた体を引きずって、コンビニで買った缶チューハイをプシュッと開けて、一口。あぁ、キンキンに冷えてやがる。最高。
…と、その時だった。

突然、世界がグルグルと回り出した。目眩と吐き気、頭がガンガンする。目の前が真っ白になって、意識が飛んだ…と思った次の瞬間、俺はまた同じ道を歩いていた。
「あれ?…今の、何だったんだ?」

一瞬、立ち止まったけど、特に変わった様子もない。まぁ、いいか、と歩き出したんだけど、何かがおかしい。いつも見ているはずの看板の文字が、全く読めない。まるで外国語みたいだ。
「え?…どういうこと?」

不安になって、近くにいた人に話しかけてみた。「すみません、ここは何丁目ですか?」って。そしたら、その人は怪訝そうな顔をして、何か訳の分からない言葉をまくし立ててきたんだ。
「え?…日本語じゃない…?」

ますます混乱して、とりあえず家に帰ることにした。でも、家の前で愕然とした。見慣れたはずのマンションなのに、何かが違う。ドアの色も、周りの植木も、全然違う。恐る恐る部屋に入ってみたら、家具の配置も違うし、俺の私物はどこにもない。まるで、俺がここに住んでいた痕跡なんて、全くないみたいだった。
「嘘だろ…?一体、何が起こってるんだ…?」

混乱しているところに、ガチャッと鍵が開く音がした。家主らしき人が帰ってきて、俺を見て大声で叫び始めた。当然、言葉は通じない。俺は必死に「ここに住んでるんです!…いや、住んでました!」と日本語で訴えたけど、家主はますます興奮して、警察を呼んでしまった。

パトカーが来て、警官に囲まれた。俺は訳が分からなくて、ただただ怖かった。言葉が通じないって、こんなに恐ろしいことなんだな…。警官たちは俺を犯罪者扱いして、手錠をかけようとしてきた。
「違う!違うんだ!俺は…」

必死に抵抗しながら、身振り手振りで説明しようとした。すると、その中に一人、初老の警官がいたんだ。彼は俺の必死な様子を見て、少し落ち着いて話をするように促してくれた。
「…ゆっくり、話してくれ。わかるか?」
その警官は、片言の日本語を話した。

「あっちの…セカイ…から、来たのか?」
「え…?…あ、はい!そうです!」
やっと日本語を話せる人に会えて、俺は泣きそうになった。事情を説明しようとしたんだけど、警官は首を横に振った。
「ダメだ…ここ…危険だ…早く…逃げるんだ…」
「え?…でも…」
「時間がない…早く…!…後で…説明する…」

警官はそう言うと、俺を裏口から逃がしてくれた。俺は訳も分からず、ただ必死に走った。後ろから追いかけてくる足音や叫び声が聞こえて、恐怖で心臓が破裂しそうだった。
しばらく走って、人気のない公園にたどり着いた。息を切らしながら、状況を整理しようとした。
「…一体、何が起こってるんだ…?ここはどこなんだ…?」

その時、空に奇妙な光が現れた。渦を巻くような光が、どんどん大きくなっていく。そして、その光に吸い込まれるように、俺は意識を失ったんだ…。

目が覚めたら、俺はいつもの部屋のベッドに横たわっていた。時計を見ると、会社を出た時間の少し後だった。
「…夢…だったのか…?」

でも、あの時の恐怖、混乱、そして初老の警官の言葉…あれは、絶対に夢なんかじゃなかった。
俺は、あの日見た光景を、決して忘れることはないだろう。あの日の夕暮れ、世界が歪んだんだ。

…後日談…
後日、俺はあの初老の警官を探しに行った。あの時助けてもらった恩もあるし、何より、あの世界についてもっと知りたかったんだ。
色々調べて、なんとかその警官にたどり着いた。彼はもう退職していたけど、俺の話を聞いて、静かに頷いた。
「…君が見たのは…パラレルワールドだ…」
彼は、俺が迷い込んだ世界について、詳しく説明してくれた。そこは、俺たちの世界とは少しだけ違う歴史を歩んだ世界で、文化も言語も違っていた。そして、その世界では、俺のような「迷い人」は危険な存在とされているらしい。

「…君が無事に戻れて、本当に良かった…」
彼はそう言って、俺の手を握った。
「…もし、また…あっちの世界に…行くことがあったら…気を付けるんだぞ…」
俺は、彼の言葉をかみしめた。そして、あの不思議な体験を胸に、また日常に戻っていったんだ。
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