

夕暮れ時の街並みを、大学帰りの彩花は一人で歩いていた。明日は難しいテストがあるため、憂鬱な気分で足取りも重い。その時、突然激しい頭痛とめまいに襲われた。思わず道端にしゃがみ込む彩花。
「うっ…頭が…」

視界がぼやけ、立っていられないほどのめまいに襲われる。しかし、次の瞬間、まるで嘘のように頭痛とめまいは消え去った。
「あれ?…何だったんだろう…」

不思議に思いながらも、彩花は再び歩き出す。しかし、何かがおかしい。いつも見慣れたはずの街並みが、どこか異質に感じられるのだ。
「あれ…?この看板…なんて書いてあるんだろう…?」
街中の看板に書かれている文字は、どれも見たことのないものばかり。まるで外国に来たような感覚に陥る彩花。

「もしかして…道に迷っちゃったのかな…?」
不安になりながら、彩花は自宅へと向かう。しかし、見慣れたはずの場所に、自分の家はなかった。
「うそ…私の家…どこ…?」
パニックになりながら、彩花はあたりを歩き回る。しかし、どこを見ても見覚えのある景色はない。途方に暮れた彩花は、とりあえず目の前にある家に入ることにした。
「すみません…誰かいませんか…?」

誰もいない家の中を歩き回りながら、彩花は助けを求める。しかし、返ってくるのは静寂だけ。
「どうしよう…誰か…助けて…」
不安と恐怖で押しつぶされそうになったその時、玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー」
家の中に入ってきたのは、見知らぬ中年男性だった。彩花の姿を見るなり、男性は驚き、大声で何かを叫び始めた。

「え…?あの…すみません…日本語…分かりますか…?」
彩花は必死に日本語で話しかけるが、男性には通じないようだ。男性は怪訝そうな顔で彩花を見つめ、携帯電話を取り出して何かを話している。
「どうしよう…言葉が通じない…。」

絶望的な気持ちでいると、サイレンの音が聞こえてきた。
「警察…?」
玄関のドアが開き、数人の警察官が入ってきた。彩花は助けを求めるように、警察官に話しかける。
「あの…すみません…私は…道に迷ってしまって…」
しかし、警察官にも彩花の言葉は通じない。彼らは彩花を不審者扱いし、厳しい表情で取り囲む。
「違うんです…私は…!」

必死に説明しようとする彩花だが、言葉が通じないため、誤解を解くことができない。警察官に連れて行かれそうになったその時、一人の初老の警察官が近づいてきた。
初老の警察官は、彩花にゆっくりと、片言の日本語で話しかけた。
「ニホンゴヲ…シャベレルノカ…?」
その言葉に、彩花は涙が溢れそうになる。
「はい…!日本語…分かります…!助けてください…!」

初老の警察官は、他の警察官に何かを説明すると、彩花を彼らの視界から遮るようにして、小声で言った。
「ハヤク…ニゲナサイ…モトノセカイニモドレタラ…モウヒトリノ…ワタシヲタズネナサイ…ワタシノナハ…サエキ…ナリタカ…」
そう言うと、初老の警察官は他の警察官の隙を突いて、彩花を裏口から逃がしてくれた。
「ありがとうございます…!でも…どうして…?」
感謝の言葉を伝えようとする彩花に、初老の警察官は首を横に振る。
「イマハ…ジカンガナイ…ハヤク…」

彩花は初老の警察官に深く頭を下げ、走り去った。
しばらく街中を逃げ回っていた彩花は、再び激しい頭痛とめまいに襲われる。そして、意識を失った。

目が覚めると、彩花は元の街並みに戻っていた。見慣れた看板、日本語を話す人々。
「夢…だったのかな…?」
しかし、あの初老の警察官の言葉が、鮮明に蘇る。
「サエキナリタカ…?」
彩花は、彼を探し出すことに決めた。図書館やインターネットで「サエキナリタカ」という人物を検索するが、有力な情報は得られない。

諦めかけたその時、ある新聞記事が目にとまった。それは、定年退職したサラリーマンのサエキナリタカさんが、地域貢献活動に励んでいるという記事だった。
「この人…かも…!」
彩花は記事に載っていた住所を頼りに、サエキナリタカさんの家を訪ねた。
「あの…サエキナリタカさん…でしょうか…?」

玄関を開けたのは、新聞記事で見た顔の男性だった。
「はい…そうですが…」
彩花は、あの日の出来事をサエキナリタカさんに話した。パラレルワールドに迷い込んだこと、初老の警察官に助けられたこと、そして「もう一人の私」を訪ねるように言われたこと。
話を聞いたサエキナリタカさんは、静かに頷いた。
「そうか…君も…来たのか…」

サエキナリタカさんは、自分もかつてパラレルワールドに迷い込んだことがあると語り始めた。そして、あちらの世界ではこちらの人間は危険視されており、命を狙われることもあるのだと。
「君が無事に帰って来られて…本当に良かった…」
サエキナリタカさんは、彩花に安堵の表情を見せた。
「でも…どうして…私は…パラレルワールドに…?」
彩花の問いに、サエキナリタカさんは答える。
「それは…まだ…分からない…だが…君が…特別な存在であることは…確かだ…」

彩花は、サエキナリタカさんの言葉の意味を深く考えさせられる。自分は一体何者なのか?なぜパラレルワールドに迷い込んだのか?そして、あの初老の警察官は、なぜ自分を助けてくれたのか?
多くの謎が残されたまま、物語は幕を閉じる。
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